けものみち日記 - 2010/11

 
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2010年11月
 
       

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2010年11月25日(Thu)▲ページの先頭へ
全身筋肉痛

ただし上半身を中心に。詳しくはお話できないのですが、5年ぶりくらいにリアル棚を組んできました。非常に緊張感のある数時間でしたが、同時にとてつもなく充実した時間でもありました。黄金のような体験でした。やはり現場はいい。また、さまざまな人間模様も垣間見られ、そこのところも非常に興味深く観察させていただきました。とにもかくにも、やれるべきことをやりました。一歩、進みました。いきます。進みます。


2010年11月23日(Tue)▲ページの先頭へ
新生G計画 胎動

かつてフェイズ1からフェイズ2へと移行するまさにそのタイミングでリーマンショックと金融恐慌の渦に飲み込まれ、僕の心とともに砕け散った『G計画』というものが存在しました。しかし、僕が砕けたこころを拾い集め再び立ち上がろうと足掻いているということは、すなわちG計画もまた潰えてしまった訳ではないことを意味します。そもそもこのホームページこそがG計画の最初の一歩。商品ページを剥ぎ取ってしまった今、普通に考えればG計画は後退してしまっている。確かに僕は最短の道を試みてきたけれど、それは最短の道ではなかった。さまざまな事柄に翻弄された挙句にここまでガッチョリと食らいこんできた膨大な無駄足、遠回りのけものみち、それがあったからこそ、今こうして生きているんだ。紆余曲折、七転び八起き、後戻り、右往左往、暗中模索五里霧中、それでいい。これが僕の光の道だ。一年半準備をして空振りに終わった営業、その無駄な時間無駄な労力、その全てが生きている、僕を生かしている。地球は丸く、回転している。最短の直線距離など、無い。絶対的な真実も、存在しない。不撓不屈、そんな精神はどこへも到達することは無い。真に「不屈」というものが存在するならば、それは何度折れても立ち上がろうとする心のはずだ。大切なのは、己の心が真に望む場へ向かおうとする意志だと思います。それさえあれば、何度くず折れても、そこへ近づいていけるはず。結果だけを求めるまい。見る前に飛べ、か。

そんなわけでG計画は死んでいません。僕がひそやかに暗躍し、そして新生G計画は胎動を始めました。誰に顧みられることも無い、小さな小さな一歩。今はまだ大きなストライドで走ることは出来ない。けれど焦るな。今は、小さなピッチで細かく細かく刻んでいこう。再び風は吹く。追い風かもしれない。逆風かもしれない。しかし、舫いとけ、帆をあげろ。ビルジ掻き出せ。ナブラを探せ。もとよりこの手には何も無い。進もう。最短距離は無い。一歩進もう。そんな一歩一歩が、いつが僕らをあの水平線の向こうへと連れて行ってくれる、そう思うのです。だけん、こころ砕け地にくず折れているみなさま、一歩でいいけん、一緒に踏み出していきまっしょい!。


2010年11月21日(Sun)▲ページの先頭へ
Choose your life. Choose your future. Choose your dreams.

久しぶりにヘルマン・ヘッセ『車輪の下』を再読。いつ以来だろう、多分、小学生のころ読んだっきりだな。親の望みに、期待に応えきれずに押し潰されていく少年の哀しい物語。小学生の時にも面白く読んだ記憶がありますが、いま改めて読み返すと、泣きそうにななるほど身につまされました。とゆーか泣きました。ヘッセの人生を知ると、この小説がほぼ自伝であることがよく分かります。両親の期待が、子供の桎梏となり頚木となってしまう。このすれ違いは、竹田青嗣によれば、あらゆる親子関係においてほぼ必然的に起こるという。そのことが親子双方で了解できれば事は簡単なのですが、それは本当に難しく苦しいことです。この『車輪の下』が今なお世界中で読み継がれているのは、人間が生きていく上で必ず起こるこの相克の苦しみを生々しく描き出しているからだと思います。

で、次にドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』再読。これまた親子の相克の物語(でもある)。それにしても始終誰か怒鳴っているもしくは怒鳴り合っている小説だな。そう言えば昔中国で知り合った和歌子さんに「自分ではあの兄弟の中の誰に似ていると思う?」と問われたことがあったのを思い出しました。うーん、誰に似てるかなぁ?。考え無しで放埓なところはミーチャに似てる気もするし、皮肉屋なところはイワンに、姑息なところはスメルジャコフに、傲慢なところはお父さんに、純情で真面目なところはアリョーシャに似てる気もします。うん、自分の人間像がとんと分からなくなってきました。まーよしとしよう。ついでに小林秀雄『ドストエフスキーの生活』も再読。読んでるだけで鬱になりそうな人生だな、ドストエフスキー。地方領主でありながら農奴の恨みを買って殺された父親が、そのままカラマーゾフ兄弟の父親像に結びついていることが分かりました。それにしても、反政府運動に身を投じた挙句死刑ギリギリの体験をしてラーゲリ送りになり、その過酷な状況の中で「人間の精神の美しさを見出した」というところに、ドストエフスキーの凄みがあるのだと思います。でも、自分に少しでも反論するものには徹底的に論駁し論破し、そして重度のギャンブル中毒。よく、自殺しなかったなぁ。

ともあれ、星を見上げよう。自分の星を。星の光が、歩むべき光の道を指し示してくれると思うのです。生きよう。歩こう。自分の道を。


2010年11月17日(Wed)▲ページの先頭へ
人生に意味など無い。

人生はペルシャ絨毯の切れっ端の模様のようなもの、そこに意味なんて無い。サマセット・モームの『人間の絆』の一節にそうあった。一見ひどく厭世的にも聞こえるが、僕にとっては福音だった。理由もなく人はこの世に投げ込まれ、そして生き、そして必ずひとりで死ぬ。未来永劫生き返ることは、ない。そんな人生に意味など無い。そう考えると、自分を雁字搦めに縛っていた鎖がとたんに消えたごたる。勇気が、わいてくる。ならば、死に向かうこの道行きを楽しんでいこう。正月や、冥途のたびの一里塚、めでたくもありめでたくもなし、か。理由はわからないが、世界にこうして生きてある。その無限の存在可能性。無限の回転の中より生まれいで、そして無限の回転のなかへ帰る。それは決まっている。だけん、楽しんでいこう。

とりあえず、死ぬまで生きるための磐石の体制を築きつつあります。まず家賃が安い。これは大きいです。ただし日の光がほとんど入らないので既に冬んごと寒かとです。これは電気毛布を買うことで克服しようと思います。食料品は秘密のルートから安定供給可能なので心配なし。さらに冷蔵庫も電子レンジも手に入れたので、食生活がこのところ非常に良質となりました。引きこもらないよう極力外に出て色々と動き回ることを心がけています。最近それが実を結びつつあり、2日間のちょっとした仕事を請け負いました。でもこの小さな一歩は、多分僕を未来へと押し上げる大きな一歩になると思います。NO FUTURE.未来なんてない。最近中島義道の『時間論』ば読んじょりますが、えらいこと難しくていっちょん意味が分からんです。でも、「現在中心主義から過去中心主義へ」というフレーズには、何かピンと来るものがあります。過去とはなんなのか?。学生時代から執着してきた問いへのヒントがそこにある気がしてならないのです。

とりあえず自らの夢の王国を築くプランは着々と進行中です。ひとは、楽しんで生きるべきだ。それを実践しよう。のんびりゆったり、かつ燃え上がるように激しく、楽しんで生きる。それが僕の夢の王国です。一歩、積み上げました。永い遠回りの道、そんな道程を、今は楽しめます。感謝。


2010年11月10日(Wed)▲ページの先頭へ
鎌倉よなぜ



いま企画しているフリーペーパーの資料として必要な図録を手に入れるため、鎌倉へ日帰りの旅をしてきました。下馬交差点近くのMTBショップのグローブさんでコメンサルのMTBをレンタルし、一路神奈川県立鎌倉近代美術館へ。それにしても何事にも下調べは必要なのですね。休館。しかしはいそーですかと簡単には帰れません。事務所のチャイムを鳴らし来意を告げると、キュレーターさんがおりて来てくださいました。そして資料室へ通してくださり、図録三冊ゲット!。内容がいい!、そして安い!。キュレーターさんも「軽く原価割れしているよ」と笑っておられました。親切で知的でかつユーモアもある、またひとり僕が生きる上でのロールモデルに出会いました。感謝。その後、雪ノ下から化粧坂を抜けるという馬鹿げたルートを通り(当然MTBをかつぎ這いつくばって登りました。なしそげんルートば選んだかというと、単なる趣味です)源氏山を駆け下り、六地蔵から由比ヶ浜、極楽寺を抜け、長谷は鎌倉文学館へ。創立25周年記念で川端康成&三島由紀夫展を。作風も生き方もこれほど異なる25歳も年の離れた二人が「師弟」関係ではなく「師友」関係にあった事に驚きました。途中某国営放送さんのインタビューなど受けつつ、ここでも展録ゲット!。三島の割腹自殺の一年後、川端も逗子の仕事場で静かにガス自殺を遂げていた事を知り、死に様まであまりに異なる二人の結びつきに、深く感じ入りました。けれどおいは生きるど‼、その日ばくるまで力の限り生き続けよう、そう思いました。日も暮れ、MTBば返した後は、北鎌倉から徒歩15分の琉球料理屋アンダンスーさんへ。「丸山くん、まだ鎌倉へ越してこないの?」と主人に問われ、ここに通い始めて10年たったことに気づきました。ここは変わらないな。そして随分変わった。僕は10年たってどう変わったのだろうか?。全く変わってしまった気もする。でも、ここの空気と料理が好きな事は変わってないな。そんな事を思いつつ店を辞す。時間が無くて葉山の実家に顔を出せなかったのが悔やまれますが、素敵な人や海や風景や光に満ちた、素晴らしい旅でした。感謝。

2010年11月04日(Thu)▲ページの先頭へ
遠回りする道こそ、己の真実へ近付こうとする真の道だと

ふと、そう気づいた。無駄なことなど何一つない。四年間かかってしまった修士課程も、七年間に及ぶメッセンジャー生活も、五年目に入ってショップですらなくなってしまっているこのネットショップに注いだ情熱も、すべてが無駄。そして、その無駄がいまの僕を形作っている。この遠回りのけものみちが、僕を育んできた。死んだ人もいない。去って行った人もいない。みな、僕の中で生きている。彼らが、僕を生かしている。背を押している。だけん、生きている限り、己の真実へ向かおうとする意志だけは捨てない。一歩、進もう。その一歩を、積み重ねよう。いつか、きっと、違う景色が見えてくるはず。成長する、そう自分に誓う。